富岡八幡宮(浪除八幡)




この地に移り住んで数十年。スタートの地が八幡様のたもとでした。鳥居は海に直面しており、朝早くに浜に戻ってきた舟から小魚や海苔を分けていただき、八幡様の大銀杏の木は立派な銀杏の実を落としてくれました。縁があったのかこの地へ来る前も富岡八幡宮(深川八幡)の近くでした。


富岡八幡宮は、源頼朝が当地の民屋鎮護のため建久二年(1191年)に創立したもので鎌倉の鶴岡八幡宮と同じ頃の古い歴史があります。        
富岡と柴町との間に大昔に「長浜千軒」と呼ばれた大きな漁村がありました。ところが応長元年(1311年)五月十八日の夜、突如として襲った大津波によって全滅。
ところが富岡の部落は、八幡様の御加護によりなんの被害も受けませんでした。「浪除八幡」と称して人々は篤い崇敬の念を抱いています。
後に江戸深川一帯の埋め立て事業で、高波による被害で工事が難行したことがあります。
その時、この富岡の「浪除八幡」の分霊を深川の地にお祭りし、埋め立てに成功しました。これが東京深川の「富岡八幡宮」のはじまりだと云われています。

 
この地も昭和五十年代より大規模の埋め立て事業によって、住居・商工業地として開発され、富岡八幡宮周辺は人々の憩いの場として親しまれています。昔の海岸線を懐かしむ様に舟溜まりから八幡山を望むことが出来ます。

  

近くに慶珊寺。ローマ字のヘボン博士は、明治の初め一時滞留して付近の人々へ塩湯治を奨励し、海水浴の元祖は富岡の人達だったようです。裏山に「芸術は短く、貧乏は長し」の直木三十五文学碑と住居が残っています。

現在の海岸線は、富岡八幡宮より2km程先になりますが、「横浜ベイサイドマリーナ」が昨年(98年)オープン。マリーナ、ショップ&レストラン、アウトレットショップは横浜金沢の新しい街として賑わっています。




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