蕎麦打ち奮戦記


◆長崎県・小値賀島で蕎麦会


期間  2008年12月6〜8日
会場 小値賀町笛吹 東山

五島列島の北端に小値賀諸島(17の有人無人島)は位置し人口3,000人程の小さな町です。
ここに150年以上立ち続けている古家が私の生家です。
平成13年〜15年にかけて雨漏りと痛みの激しい家屋を修繕しました。その頃がそば打ちを開始した時期でもありましたがこの家で蕎麦会が開けないかと漠然と考えていました。

家屋の修繕の様子はこちらをご覧下さい → higashiyama 棲み家「東山」

時間的に余裕が出来たこの夏は二週間ほど念願だった釣り三昧の日を過ごし、この古家でも快適に過ごせることが分かりました。滞在中に島の友人からそばを打って見せてくれないかと声が掛かりましたが残念ながらこの島では道具もそば粉も揃いません。
蕎麦と聞いたら何処にでも飛んでいきたい気持ちはいつでも持ち合わせていますから新蕎麦が出たらもう一度島に来ると約束をし横浜へ戻りました。

そば工房 東山

島の友人がこの日のために看板を用意してくれました。東山とはこの家に古くから伝わる屋号で日頃の出入りは通用口を利用しますが蕎麦会の開催期間中は表の玄関から客人を迎えることにしました。


もてなしは座敷と次の間、そば打ちは居間として利用している八畳間、配膳準備は茶の間、釜場は台所です。
そば打ち台は公民館からお借りした会議用テーブル、釜場には三連のガスバーナーコンロをガス台の前に据え大鍋はガス台にもかけ鍋の交換を容易にしました。
床の間に在り合わせの花瓶ですが山吹の花を添えてみました。

今回は一日一回のそば打ち、一日15人、三日間で45人をお迎えする予定です。
広く声を掛けることは出来ませんので以前からの知人、同級生、親戚筋の方に限定しました。一人でも多くの方に蕎麦の持つ醍醐味や面白さを伝えたく活動しておりますので次回は別の方法でお呼びしたいと考えてます。

設備と準備が整えば私一人の対応でも何とかなるでしょう。
そば汁や薬味、箸の配膳とお茶のサービスは予め数人の方へお願いしていましたが皆さんそれぞれに手際の良い動きをされ、そば打ちから後かたづけまで時間のロスもなくスムースに進めることが出来ました。


正午からのそば打ち、玄関先でお迎えする事は無理でしたから自由に上がっていただき打ち場へ。

初日と二日目の朝は小雪すら舞う大変寒い日でしかも打ち場は蕎麦のためその時間帯は暖房を切っておりました。



島の中では手打ちのそばを食べるところがありません。
木鉢作業に入る前に蕎麦のことやTOKYO蕎麦塾の活動、全麺協の趣旨などを紹介し、作業中もこちらから話しかけ質問などを交えながら進めました。

島での日頃は手打ちそばと全く無縁かと想像しておりましたが蕎麦を打ってる方が数人いらっしゃるようです。その中のお一人が二日目にお見えになり熱心に見学してくれた事はそば打ち仲間として嬉しいことです。
お越しいただいた中には小さなお子さんがお二方、中学生と高校生の娘さん、そば打ちを食い入るように見つめおそばも美味しそうにおかわりをしてくれます。そば打ちでもっとも嬉しい光景です。




最初の段階では打ち台を遠巻きにしていますが木鉢から伸し、切りへと作業が進むにつれ麺の近くまで顔、顔が近づいてきます。
何処でもいつでも皆さん、切りに入ると覗き込むように、、、





そば打ちが終わったら座敷の方へ移動していただく予定でしたがそばの入った生船を持って釜場へ移動するとそのまま着いて来られ茹でているところも見ていただくようになりました。

茹で立てのそばを何もつけず少しずつつまみ食いをしてもらい香りと味を確かめていただきました。
座敷ではそれぞれに持ち寄った魚の刺身、煮物、香の物、果物。男性陣は蕎麦湯でそば前の焼酎などいただいていたようです。



のし板、木鉢、麺棒、包丁、駒板、デジタル計、すくい笊、盛り笊など主な道具類と辛汁、そば粉なども横浜で仕込み持ち込むことにしました。

のし板はシナベニア9mmに反り止めの裏桟をつけ、のし板と切り板を納めトラック便で送れるラワンベニアの箱を作製。
麺棒は肩に担いで移動しましたがその他の道具類は衣類などと一緒に送り帰りは麺棒と包丁、駒板など必要なものだけを持ち帰りました。
・・・・つづく



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