トイレを南に置いた棲み家

狭い「棲み家」程、日常の生活に緊張感を与え、機能的な器となる。
排泄・洗面・洗濯・脱衣といった水回りをワンルームで処理する事で家族の 絆は深くなり。
ヨチヨチ歩きの女の子にとって棲み家の全てが遊び場であり、生活の全てを学ぶ事になる。
母親の日常的行動の全てが幼子の生活そのものとなる。
洗濯中の母親に「お話」をねだる女の子。
洗顔中の父親と側で洗濯をする母親、絵本を広げた女の子。
朝の慌ただしい時間帯に繰り広げられた狭い洗面所の光景が、この棲み家の機能を物語ることになった。

素足で飛び出す庭は部屋の一部
この家は廊下もトイレも無いの?
トイレは、南側に置くと快適
部屋の広さと間数
収納と設備の善し悪しが住まいのデザインを決める
木割と省資源・省エネルギー
時代背景
建坪3.6坪の「塔の家」
「トイレを南側に置いた棲み家」の建築概要








素足で飛び出す庭は部屋の一部

遊びに夢中な幼子にとって、内と外の区別も、靴を履き替える余裕などは無い。
子供の成長に、土は欠かせない。当然に遊び場となる庭は、広ければ広いほど遊びに 広がりが出て創造性を育ててくれる。
30坪足らずの狭小宅地に僅か21坪の住まい。
庭と居間・食堂を可能な限り広く確保した「トイレを南側に置いた棲み家」は、 オイルショックの洗礼を受け、新たな出発を余儀なくされた作者の棲み家でした。

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この家は廊下もトイレも無いの?
♀ この家に廊下はないの?
♂ 所詮、歩くだけの場所。他の部屋を出来るだけ広くした方が良いだろう。
♂ しずしずと、廊下を通ってお茶を運ぶような座敷は到底造れないし、
♂ 幼子中心の貧乏住まいにお客は呼べないなぁ。
♀ 廊下を挟んで個室が並ぶ間取りが普通じゃないの?
♀ プライバシーも必要だし。
♂ 新しい生活の場に、既成概念にとらわれない考え方が必要じゃ〜ないかな〜。
♂ 個室が必要なプライバシーならプライバシーを捨てたら良いじゃないか
♀ トイレは独立してないと女は困るのよ
♂ 男の子のいない3人家族、中から今使ってるよ〜って叫べば良いだろう
♀ やっぱりカーテンでも良いから着けて欲しいんだけど
♂ 今度の休みにパイプを取り付けよう。
♀ 道路から家の中が丸見えよ
♂ 見えて困る物なんか何も無いから、見せてあげても良いんじゃない
♀ でも、ステテコ一枚でウロウロするのはみっともないし、女の子の教育に良くないよ
♂ あんまり行儀の良くない男の姿を見せるのも教育の範疇だと思うが
♂ 将来、俺のような恋人に出会ったとき、驚かないで済むんじゃないかな
♀ 娘のお友達が遊びに来ているときだけは、止めてよね。

その後、息子とポコちゃんの「4+ONE」 の5人家族となり転居したが、いずれ二人になったら また「トイレを南側に置いた棲み家part2」へ棲みたいと願っている。
娘はいつになったら あんまり行儀の良くない男に出会ってくれるんだろうか。

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トイレは、南側に置くと快適

南側の眺望の為に浴室を置く設計は見かけるが、南に面したトイレはなかなかお目に かかれない。
トイレの位置は、出来るだけ隅っこや北側に置くのが一般的だろうし、その方が良い間取りに なる場合が多い。
南側の道路に面したトイレは、 当然に外からの視線を避けるため、道路側の壁面に窓は取れない。
西側の庭に面した窓の日差しは冬でも暖かく、明るさが心地良い清潔感をもたらしてくれる。
庭でおままごとに夢中の女の子と洗面所にいる母親は、いつでも互いに声を掛けたり顔を合わせる 事が出来る。
洗面・脱衣・洗濯・トイレをワンルーム処理した広さも快適感を高めます。
洗面器と便器の境に、カーテンを付ける予定で取り付けたパイプも広々感を保つために、いつしか 無用となりカーテンを付けることはなかった。
ヨチヨチ歩きの女の子は余程このトイレがお気に入りだったようで、成長してからのこと、 生活学科の課題で、トイレが南に面した住宅プランを造った。
教授にプラニングが間違っていると指摘されたようだが、娘と母親は「先生は何も分かっちゃいない!」 と憤慨したものだ。
トイレの広さも余り広いと妙に落ち着きが無くなります。
十二単のお姫様が裾掛けの囲いを置いた御不浄が畳二枚の広さで、ホテルのバスルームが1.5〜3帖位。 精々その辺りが限界のようだ。
庭を確保するために平面形をL型とし、道路に近接した部分を浴室と洗面トイレとし、 道路から距離がとれる場所に居間を置き、居間と庭を一体としたプランニングとした。
外との出入口は、L型の壁伝いにアプローチを取り、アプローチで切り取られた敷地の四分の一が庭となる。

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部屋の広さと間数

住まいは、広いに越したことはない。手足がゆっくり伸ばせる浴槽のある浴室。 のんびりと書画を広げた誰もいない座敷。
木漏れ日に包まれた瀟洒な茶室。 AV機器や楽器を揃えた音楽室。蔵書に囲まれたチークデスクのある書斎。
快適さを求める空間は、同時に欲望も満たしてくれる。
広ければ広いだけ限りなく湧き出てくるものだ。
だが今時(昭和53年)、そんな住まいを都市部に造ることは並大抵なことではない。 まして作者にそんな家を造れるわけがない。
時は、重厚長大から軽薄短小の時代へと変化していた。
住まいに於ける「軽い」「薄い」「短い」「小さい」とは何だろう。
部屋の広さを最大限に確保することが住まいの絶対条件である。 6帖の和室でも畳の大きさが違えば、部屋の広さが違うのが当然であり、小さな畳を使用した 6帖表現の住宅は適切ではない。
しかし部屋の広さより、部屋数を優先すると本来の広さのない部屋を畳の枚数で表現することになります。
家具や物を置かなければ、部屋は広くなるのは当然だ。
物が無く物を持たない時代の茶の間は、4帖半でもちゃぶ台を囲んで家族4人がくつろげる 広さだった。

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収納と設備の善し悪しが住まいのデザインを決める

人間の肌に直接触れる道具や身の廻り品は、軽くて薄くて短くて小さい物ほど使いやすく、 手になじむ物が多い。
が、一方で人が寝るための布団やベッド、腰掛けるイス、食事をするテーブルなどは 人間の体に接することで、その機能と性能を発揮する物は、ある程度の大きさが必要となる。
どちらも人間工学的に体の大きさや動作にマッチする様に造られています。
住まうという生活行為は、道具や調度品と共存することであり、人間と共に納まる器が住まいである。
物が増え続ける生活は、いわば器を限りなく大きくしていく結果となります。
物を仕入れる余裕に乏しい作者は、物を置かないシンプルライフを心がけ、最近は、もっぱらパソコン 一台で、バーチャル世界で物を手に入れて楽しんでいます。
マンションや都市計画の容積制限等によって増築等が不可能な戸建住宅の場合は、特に限られた空間内で 多機能・高機能・高性能を追求した快適空間が必要になってきます。
デザインの良い家や見た目にバランスの取れた住宅は、快適で高機能・高性能である場合が多い。
これは、居室空間の大きさ・デザインと収納・設備の善し悪しがそれを決めます。


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木割と省資源・省エネルギー

建物の外表と内表の容積の差が省資源とコストを支配します。
つまり、容積差が小さいほど優れた機能と性能を発揮しなければならない。
壁の厚さと天井の懐を薄くしたり、小屋裏や床下の活用などが、その主だったポイントになります。
駆体部を薄くし、収納を居室外に設けることで、外皮面積に対して室内空間を大きくする事が出来ます。
駆体部は耐風・耐震性の観点から薄く細くするには限界がありますが、最新の免震構造建築ではそれを可能にし、戸建て住宅での応用が期待されます。
一般的に、住宅の階高(1階床から2階床までの高さ)は3,000o前後、天井高を2,400o としますが、この棲み家はそれぞれ2,580o 2,300oとした。
これで同じ平面積の住宅に比べて約15‰表面積を少なくでき、それだけ建材量とコストを削減出来ます。
一方天井高を100o低くすることで居室の容積を約5‰小さく出来ます。
これは建材量と建設コストを 削減するばかりでなく、暖冷房に必要なエネルギーも削減します。
よく見かける2,400oという天井の高さは、6畳の和室で均整の取れた高さであり、日本古来の木造 建築の木割りから割り出された寸法なのです。
鴨居の下端から天井までの高さが60pで敷居から鴨居の 下端までの標準高さが180pなのです。
居室の使用目的と大きさによって天井高を変える必要があります。
高度な木の文化を造り上げた先人達は、理想的プロポーションと柱・梁・敷居・鴨居・建具・畳などの再 利用と木材の有効利用から角・平・板といった部材寸法を規格・標準化するために考案されたのが木割り です。
江戸の初期以前は、「構え」とか「木くだき」と言っていたようです。
日本人の体格と美的感性は、快適感と共に変化しており、本来の木割の寸法にとらわれることなく形と色 、素材感等から推し量られる美しい空間サイズが生まれます。
従来の畳床、土壁、板張り天井の6面で構成される部屋の大きさも、各面材の選択肢と共に変化しており、 同様に敷居・鴨居・長押・廻り縁といった線材の取り決め寸法も変化している。
「トイレを南側に置いた棲み家」は軒高を低くして狭い道幅への圧迫感を避け、全体のプロポーションを整え、室内はタル木に沿っ た勾配天井にして広さを見せている。
1階と2階の境目の壁に小さな換気口を設け、暖気流を利用した全館暖房を1台のガスクリーンヒー ターでまかなっている。

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時代背景

「トイレを南側に置いた棲み家」が竣工した年。テレビの「UFO」に幼い女の子もおじさん達も 釘付けとなった。
☆ヒット曲→ 時間よ止まれ(矢沢永吉)、与作(北島三郎)、プレイバックパート2(山口百恵)、ガンダーラ(ゴダイゴ)、 時には娼婦のように(黒沢年男)、冬の稲妻(アリス)、UFO(第20回レコード大賞・ピンクレディ)、 思い出されるのはこの年第1回レコード大賞の水原弘(黒い花びら)が静かに逝った。
☆TV→ おていちゃん(NHK)「刑事コジャック」「愛は地球を救う・24時間テレビ」☆ 映画 事件・野村芳太郎、永島俊行、松坂慶子 鬼畜・野村芳太郎、緒方拳、岩下志麻 未知との遭遇・S・スピルバーク スター・ウォーズ・G・ルーカス
☆スポーツ→ゴルフ世界マッチプレー選手権で青木功が日本男子初の海外大会で優勝 西武ライオンズ誕生
☆風俗→不確実性の時代、窓際族、地方の時代、先割れスプーン、家庭内暴力 フィーバー
☆物価→ 週刊誌180円、もりそば260円、うな重1300円      
☆建築→東急ハンズ渋谷店(東急設計コンサルタント) 大佛次郎記念館(浦辺建築設計事務所)、横浜スタジアム(創和設計)

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建坪3.6坪の「塔の家」 (参考)
太平洋戦争後、建築家がこぞって狭小住宅の設計に取り組んでだ時期があります。
公共建築や商業建築の建設が極めて少ない事も一因していたようですが 生活の基盤である住居のあり方、さしずめ西洋の生活文化が押し寄せ、 それに対応した住居のあり方と設計を建築家が取り組んだ時期でした。
戸建の公営住宅は、6畳と4.5畳の和室に台所・便所といった均一 の間取りの平屋建てが建ち並び、戦後二十年余りの住宅難を凌いで いました。
そんな時期も東京オリンピックを境にして、徐々に姿を消そうとして いる頃に「塔の家」は出現しました。
東京近郊の金融公庫付きの住宅が敷地70坪、建物20坪で600万円 前後の頃、 建築家東孝光さんのお宅は、敷地が20.5m2(6.2坪)に 建坪3.6坪の5階建てで延べ面積が65m2というものでした。
昭和41年、まだ学生だった私は、東京・青山の現場を竣工間近に 拝見する機会がありました。
それはまるで給水塔のようにそびえたコンクリート打ち放しの姿で、 極度の緊張感と親しみがありました。
階段が全体の5分の1を占め、各階の床の広さは5畳程度でした。
各階の居室には扉がなく、階段からいきなりトイレ、寝室、子供室 へと入ります。
期待感を持って、階段を上り、各階のフロアに・・・・・・ 工事中だった事もあり、その狭さに疑問を持ったのが最初の感想でした。
生活のスタイルは、極度の緊張感を伴いますが都心の緊密な空間が生活を 造り上げていきます。
日常的に公共施設は整い、繁華街の恩恵を受けながら生活が出来ます。
足場が良いのは郊外では考えられないメリットがこの棲み家をまもって くれます。
戦後、日本の住宅は個を尊重し、プライバシーを高める方向に進んで 来ましたが核家族化が進む一方で親子間の溝は、ますます深くなって きました。
生活の様子は想像しがたいところはありますが、塔の家の生活はより 一層の家族の絆を造りあげた事だと思います。

建築家が自邸を造り住むということは、辛いことである。それを語るこ とは造るより難しい。 まして他人様の棲み家のデザインと住まい方の解説などおこがましくて 語れるものではないと思いつつ、作者はhousingコーナーをmemorialとして取り 組むことにした。はてさてこの先どうなることだろう。

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「トイレを南側に置いた棲み家」の建築概要

「匠の技を見せてくれた棲み家」と計画・設計時期(昭和53年竣工)を同じくした筆者の棲み家です。「東山」の意識を廃し、既成概念を取り払った間取りの住居です。家族3人が快適に過ごせる空間は結果として訪問客も心地よい空間となり得ます。敷地面積29坪、延べ床面積21坪と云う正に狭小住宅は物を置かない持ち込まない生活でないと人間の動きや安全性に支障をきたします。物を持つと云うことはゆとりの一つですが維持するストレスも同時に存在します。快適さを損なう物は棲み家には不要です。 注:昭和60年転居、現在は米国に国籍を持つ老夫婦の棲み家となってます。

所 在   横浜市磯子区
敷地面積  98.5u(29.8坪)
建築面積 45.2u(13.7坪)

1階面積  38.3u(11.5坪)
2階面積  33.7u(10.3坪)
延床面積  72.0u(21.8坪)
構 造   木造2階建 屋根 :カラーベストコロニアル葺き
外 壁   杉ドイツ下見板貼りキシラデコール塗布
床     ナラフローリング OSW
壁     シナ合板 OS拭き取り
天 井  シナ合板 OS拭き取り
台 所    4.4u(1818*2424)
食 堂    9.5u (3939*2424) 
居 間   11.5u(2727*4242)
玄 関    1.9u (909*2121)
洗面所   2.9u(1363.5*2121)
寝 室    8.3畳
個 室    5.4畳(2273*3939)
階 高   2,580 o
天井高   ダイニング・キッチン:2.300o  居間:2,600〜3,300 o 2階寝室:2300o 
       2階個室1:2050〜2700o  
洗面・トイレ:2300

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