棲み家遍歴

 筆者の四季を通じた「東山の棲み家」での生活は極めて短く、幼い頃の4年間でした。他は親父の転勤先での市営住宅住まい。学生時代は下宿住まいと共同便所付き風呂無しアパート、社会人になり3年目、待望の風呂付き公団住宅(2DK)、子供が出来「トイレを南側に置いた棲み家」・・・・・・・と引越が続きます。「東山の棲み家」では春、夏、冬の休みになると一家が揃い盆暮れの膨大な内外の掃除は家族が触れ合う貴重な時間でした。二間の和室(6畳、4.5畳)に小さな台所と大小の便所付き風呂無し市営住宅では半間の押入の上段を筆者専用の空間に自作改造したこともあります。外の様子が覗けるれように襖の内桟に沿って小さな窓を開け、宇宙船に乗り込む気分でもぐり込み。学生時代の下宿は高校から大学一年にかけて古いお屋敷ばかり4回の引っ越し。雪の降る寒い冬も外とは障子一枚の境に火鉢が一つ、少しましになって電気コタツです。棲み家らしくするには寒さを防ぐ目張りなどの工夫をし、更に布、紙、木材、金属棒などを使い模様替えを繰り返します。誰しも経験を持つ大きなポスターはそれだけで部屋の雰囲気を一変します。引越はリヤカーもしくはタクシー一台あれば所帯道具一式が積み込めるいたって簡単なものです。東京での最初の生活は田舎の住まいと差ほど変わらず期待外れの時代でした。その後急速に快適空間へと日本列島が改造されつづけることになります。時代の変化と共に住まいのあり方も変化します。筆者は「トイレを南側に置いた棲み家」を30代の棲み家と位置づけ40代の棲み家、50代以降の棲み家を計画しましたが先立つものも無く現在に至っております。


生活遊空間の棲み家←参照 そんな計画の中から40代の棲み家として計画した一つです。
街と棲み家 ←参照 大きな街に埋もれそうになる現在の棲み家(1985年)
  「庭」と「棲み家」と「街」 / 2001Cristmas / 2001秋・カズラのオブジェ / 2001正月飾り / Xmas disply



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